巨大化する多国籍企業に規制をかけることは、ますます難しくなっている上、農産業市場でも最大手の2社が、しかも人々の健康や生態系を損なってきた過去を持つ2社が合併する。これほど恐ろしい計画は他にありません。
モンサントとバイエルが合併することで、民主的な意思決定を損なうほどの政治的影響力を、これら企業が手にしてしまうことが最大の問題です。
「環境最悪企業」と言われるモンサントを買収したバイエルの狙い
熾烈な買収合戦が繰り広げられるアグロビジネス
一般にアグロビジネスと称する農業関連市場は大手6社によって市場が占められている。上述のバイエとモンサント以外にダウ・ケミカル(DOW)、デュポン(DU PONT)、ビーエー・エスエフ(BASF)、シンジェンタ(SYNGENTA)の6社である。
この6社で、農芸化学市場において75%、種子市場は63%を占めるまでになっている。また別の角度から見ると、遺伝子操作された種子販売市場の55%をデゥポン、モンサント、シンジェンタが占め、農業化学品の販売市場はバイエル、シンジェンタ、ビーエー・エスエフが51%を占めている。(参照「ETCグループ」)
この分野の生産業者は大規模な企業合併が必要とされる時代に入っている。そして市場は農作物が生産過剰と不況で価格が相対的に下がり、その一方で生産コストが上昇している。例えば、モンサントの除草剤ラウンドアップ(Roundup)でさえも、抵抗力をもった雑草が育つようになっていることを挙げることが出来る。その為、農家はそれを駆除する新たな化学薬品が必要となっている。これは生産コストの上昇となる。そして、また生産業者もそれに対抗できる新しいGMOを研究開発せねばならなくなっている。その開発費が必要となる。結局、農作物の生産コストは上昇して行く一方で、その市場価格は競争も加わって逆に下がって行くという現象が起きている。このような状況の中で企業は市場の拡大とコストの削減と、更に開発投資などが世界規模で必要となってきているのだ。
合併の動きは既に具体化されて、シンジェンタが中国加工集団(Chem China)によって430億ドル(4兆3400億円)で今年買収された。また、ダウ・ケミカルとデュポンの合併の意向が昨年12月に公表された。残るはバイエル、モンサント、ビーエー・エスエフの動向であった。バイエルかビーエー・エスエフが、モンサントを買収するという噂が今年5月頃から浮上していた。特に、バイエルはモンサントの買収に積極的に動いていた。その背景にあったのは、早急に買収しないと、ビーエー・エスエフにもって行かれるという懸念と、モンサント自身がシンジェンタを買収しようとする動きが7月頃に表面化したからである。
シンジェンタ買収に失敗したモンサント
モンサントはGMOの分野では世界トップ企業であるが、同社の主要品目である除草剤のラウンドアップのパテントは2000年に切れて、競合生産業者が既に70社以上存在しているという。しかも、モンサントはシンジェンタのように除草剤、殺虫剤、防カビ剤など幅広く製品ラインを揃えていない。その為、モンサントにとってシンジェンタの買収は商品のラインアップを広げる意味でも理想的であった。しかも、同社のラウンドアップに対して抵抗能力をもった雑草も生まれていた。それが同製品の需要の減少を生んだ。さらに、国際がん研究機関(JARC)からラウンドアップが含有するグリホサートが発がん性のあることが指摘された。同社のこれまでの戦略は一定の商品に集中するということでもあったから、稼ぎ頭のラウンドアップの需要の後退は同社の経営を苦しい立場に置くことになった。その様な状況の中で、シンジェンタが買収を拒否し、中国加工集団がシンジェンタを買収するという事態が生じた。モンサントはこの買収の失敗から経営の立て直しとして3600人を解雇している。(参照:「agrovoz」)
スイスに本社を構えるシンジェンタがモンサントからの誘いを拒否した理由は明確にされていない。しかし、モンサントがこれまで辿って来た社歴から、モンサントはこの業界で汚名を着た企業として知られており、ヨーロッパでは評判の悪い企業であるということもシンジェンタがモンサントからのアプローチを拒否した可能性もある。
結局、モンサントはシンジェンタを買収する代わりにバイエルによって買収されることになった。バイエル医薬品は同社の49%の売上を占め、素材化学事業は26%で今後はコベストロという別会社にして発展させる計画をもっている。そして、<農業化学品の売上は22%>で、この事業をさらに発展させたい意向をもっている。そこで、バイエルが目を向けたのが、モンサントの買収であった。モンサントが抱える汚名は買収後にバイエルは<モンサントの社名を削除する意向があるようだ>と予想されている。(参照「ETCグループ」)
なぜにモンサントは嫌われる?
モンサントは1901年に米国ミズリー州セントルイスでジョン・クイーニーによって創業された。社名のモンサントは彼の妻の苗字モンサントから取ったものである。妻の父親がバージン諸島で砂糖会社を経営していた。モンサントの最初の製品はサッカリンであった。それをコカ・コーラに売っていた。因みに、サッカリンは発がん性の疑いがあるとして日本での使用量は制限されている。
1930年代になると最初のハイブリッドコーンを誕生させた。1940年代には殺虫剤としてDDTなども生産。1960年代にはベトナム戦争でベトコンの隠れ場所となっている森林などを破壊させる目的で枯葉剤が生産された。その生産に参加した1社がモンサントである。枯葉剤による毒性の影響は300万人に被害を及ぼし、50万人の赤ん坊が肢体に不自由を抱えて誕生。ベトナム戦争に参加した米軍人もそれによって死亡したり、その後の後遺症の被害を受けるといった結果になっている。
また、反人工食品論や陰謀論的な界隈でもモンサントは悪役だ。顕著な例は、アスパルテームの導入である。アスパルテームはサール薬品が1960年代に偶然生み出した人工甘味料である。1970年代に入って添加物として連邦食品医薬品局(FDA)に認定を申請されたものの、当初FDAはこの物質が脳細胞に有害で腫瘍やアルツハイマーなどを誘発させる可能性があるとして認定を引き延ばしていた。そこでサール薬品が打った手はドナルド・ラムズフェルドを社長に迎え入れたことである。彼はフォード大統領の政権下で国防長官を務めた人物。彼の政治的人脈でレーガン大統領を説得して、FDAの局長に彼の影響力が及ぶ人物を就任させると、アスパルテームは人口甘味料として直ぐに認可されたなどと言われ、しばしば反人工甘味料派の標的にされる。
FDAの認可が降りた後も、アスパルテームが有害か無害かの論争は続いており、その真偽についてはここでは留保したいが、この文脈でもモンサントが登場する。有害主張派は40以上の健康障害の例を挙げられているが、1985年にモンサントがサールを買収すると公的研究機関を贈賄し、政治家への献金を実行し、また独自の無害論を提出したりしているなどと言われているのだ。
こうした界隈では、<モンサントからの献金を受けた政治家の中にはヒラリー・クリントンもいる。最近の情報によると、モンサントはクリントン財団に50万から100万ドル(5000万円~1億円)を献金している>などとも言われている。(参照:「El Robot Pescador」 、「SOTT」)
バイエルの狙いは新興国市場での拡大
これらのような「悪評」もあり、バイエルの本拠地であるドイツ人の90%はモンサントが開発したグリホサートを含んだラウンドアップ除草剤の使用に反対しているという。同様に大半のドイツ人は遺伝子組み換え種子(GMO)の導入にも反対している。それは他のEU加盟国においても同様の意見である。
今も交渉が進められている米国とEUの環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)は失敗に終わる可能性が強い。ドイツのガブリエル副首相兼経済・エネルギー相が8月にTTIPの交渉は実質的に成立しないと判断していると表明した。(参照:「La Vanguardia」)
TTIPの交渉がヨーロッパで支持を得ない理由は米国とEUで根本的に認定基準に考え方の違いがあるということ。そして、交渉が米国側の要望で余りにも秘密裏に進められて来たことにある。市民にとってどのうような交渉内容が展開されているか全く不明の状態で進められていた。合意に至れば、市民が知らない内にGMOの種子も導入される恐れも出でくるため、根強い反対の声があるのだ。
今回のバイエルとモンサントの合意はまだ関係当局の承認が必要であるが、バイエルが考えているのはヨーロッパへのモンサントの製品を導入するということではない。ブラジル、インド、アルゼンチン、中国などの巨大市場をバイエルの開発能力を利用して拡大することを目標にしている。また合意が承認されれば、<世界の殺虫剤の28%、バイオテクノロジーで操作されたコーンの36%、大豆の28%のそれぞれの市場を占有できることになる>という。(参照:「La Nacion」)
<文/白石和幸 photo by Viriditas via wikimedia commons (CC BY-SA 3.0) 、photo by Rosalee Yagihara via flickr(CC BY 2.0)>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。