大阪天王寺区に国内最大の旧日本軍の墓地があります。
います。
しかし、入り口には目立つような標識もなく、知らないまま通り
過ぎる人も多いので、手書きの立て看板で「万灯会」を行って
います。
ています。
吉岡武さん達が墓守(保存)をしています。
結果、不心得者によって墓石が倒されたりするのです。
不届き者が故意に? 大阪・真田山の旧陸軍墓地で墓石8基倒される
憲法論議、自衛隊論議に花が咲き、巷では派手なパフォーマンス
のみ目立ちます。
お前たちに多少の愛国心があるのなら、いつまで高齢者の
ベンチャー革命投稿の過去ログ
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm
転載元: 新ベンチャー革命
転載元: acaluliaのブログ
みずがめ座の恋夜姫(れんやひめ)の運勢は83点! (2018年08月31日)今までコツコツと努力して積み重ねてきたことを評価されたり、頑張って取得した資格やスキルが役立ったりする日です。それを、ボランティア活動などに生かす道もできるかもしれません。今すぐでなくても、調べておいては? また、今日は古典的なものに縁がありそう。日本の伝統芸能や地域に伝わる祭りや行事にふれてみましょう。誰かが関心を持たないと消えてしまうものの多さに、あらためて気づくこともありそうです。気になる異性とふたりで話せそうと思うと、電話に出る羽目になったり、話を聞かれたくない人が寄ってきそうです。特に、あなたを頼りにしている友達や後輩がくると、逃げることもできないでしょう。焦らず、それぞれに待ってもらって。好きな物事への出費は惜しまないことが大事な日。お金をかけた以上の幸運が期待できるでしょう。仕事仲間が何かと手を差しのべてくれます。今日くらいは好意に甘えてもいいでしょう。ラッキーアイテム:泡立てネットラッキーカラー:あい色ラッキースポット:金融機関が集まる通りラッキーレジャー:サイクリングラッキーグルメ:ヒレかつ
みずがめ座の恋夜姫(れんやひめ)の運勢は83点! (2018年08月31日)今までコツコツと努力して積み重ねてきたことを評価されたり、頑張って取得した資格やスキルが役立ったりする日です。それを、ボランティア活動などに生かす道もできるかもしれません。今すぐでなくても、調べておいては? また、今日は古典的なものに縁がありそう。日本の伝統芸能や地域に伝わる祭りや行事にふれてみましょう。誰かが関心を持たないと消えてしまうものの多さに、あらためて気づくこともありそうです。気になる異性とふたりで話せそうと思うと、電話に出る羽目になったり、話を聞かれたくない人が寄ってきそうです。特に、あなたを頼りにしている友達や後輩がくると、逃げることもできないでしょう。焦らず、それぞれに待ってもらって。好きな物事への出費は惜しまないことが大事な日。お金をかけた以上の幸運が期待できるでしょう。仕事仲間が何かと手を差しのべてくれます。今日くらいは好意に甘えてもいいでしょう。ラッキーアイテム:泡立てネットラッキーカラー:あい色ラッキースポット:金融機関が集まる通りラッキーレジャー:サイクリングラッキーグルメ:ヒレかつ
山本浩之アナ「(石破氏が)正直・公正という事を掲げてる、その心はって問われたら。これまで官邸が信頼を失った、それに尽きるって、多分石破さんとしたら主張したい訳ですよ!だって、ずっとこの番組で言い続けてて、麻生さんは何で辞めないんですか!?ずっと僕言い続けてますけど。組織で公文書を改竄したり、捨てたり隠蔽したりしたら責任取らなあかんじゃないですか!?セクハラやったから事務次官は辞めるって、そら個人の問題やけど!公文書組織でやってるんです!その責任誰も取ってないんです!何で麻生さん辞めさせられないのかって言ったら、総裁選が入ってたからじゃないのって!?」松尾貴史氏「麻生さんだけじゃなくて、周辺の色んな方達も色んな事の責任は取らない!説明を後でする!後でするって言っといて逃げ回ってる。本当にそれ、枚挙に遑がないんですよ!で、総理大臣も、ちゃんとした説明を丁寧にして行くって何度言ったか分からないけども。全くもってそうして頂いた記憶がないのは、僕が知らんだけなんかどうか!?」ZORO@zorotatsu 8月27日山本アナ「何べんも言うてますけど。公文書という一番大事な文書を、財務省の役人達が組織的に、改竄したり隠蔽したりって、あってはならない事したんですよ!そこのトップなので、森友問題の最終的な結論も僕は見たいけども。そこに行き着くまでに、その一点だけで、麻生さんあなた辞めるべきなんだと、ずっと言ってるんですけど!あいつは言い過ぎやとか何とか、ネットでは言うけど。何ぼでも何ぼでも言うて下さい!その代わりこっちも、何ぼでも言い続けますよ!麻生さんは辞めるべきなんです!財務大臣!それを辞めさせられない安倍さんが、内閣総理大臣なんです!ここのところは忘れたら駄目なので!忘れられると困るので。しょっちゅう定期的に言わないとね」
2018年8月時事解説・時局分析|藤原直哉理事長|第34回NSP時局ならびに日本再生戦略講演会2018/08/20 に公開NSPアーカイブス https://nipponsaisei.jp/archives
開催|2018年8月18日(土)第34回NSP時局ならびに日本再生戦略講演会
レジュメ・音声(mp3)は、こちらから:https://nipponsaisei.jp/archives/187
ご参加くださった皆さま、ありがとうございました!
◎決定的になったトランプ革命
(1)新興国金融危機の出口
(2)米国をはじめとする先進国の行き詰まり
(3)安全保障体制の大転換
(4)安倍・清和会政治の清算
#NSP #日本再生プログラム推進フォーラム #藤原直哉 #時事 #時局 #健康立国
◆認定NPO法人日本再生プログラム推進フォーラム(NSP)は、NSP会員の皆さまからいただきました年会費・ご寄付を原資にアーカイブづくりをしています。ありがとうございます。
◎NPO法人日本再生プログラム推進フォーラム(NSP)
皆さまのおかげで、認定NPO法人となって6期目となりました!
人間性尊重経済人連盟 http://blog.nipponsaisei.jp/
健康立国 https://peraichi.com/landing_pages/vi...
Copyright(c) NPO法人日本再生プログラム推進フォーラム
https://nipponsaisei.jp
転載元: 情報収集中&放電中
私が首相殿宛放火事件に関わっていないことは、首相殿ご自身が誰よりもご存知のことと確信いたしております。何故なら、当時首相殿の最も腹心である筆頭公設秘書であった竹田力殿の願書により下関市東大和町の安倍晋三事務所において首相殿大変ご多忙の中長時間において一対一でご面談を交わした(目的)下関市長選挙に関する事後処理問題等を話し合い首相殿は私に対し最善を尽す堅い約束をして頂き中心的(最も重要)である下関市長選挙立候補者の氏名の件に対しての他言厳守の切願を堅守り現在に至ります。
安倍晋三首相は、かつて自派の下関市長の再選のために暴力団「工藤会」を使って対立候補への誹謗中傷をやらせ、首尾良く仲間の市長を再選させることに成功しました。ところが、そのとき「工藤会」に約束した500万円の支払いを300万円に値切ったため、アタマにきた暴力団は安倍氏の自宅に火焔瓶を投げ込むという事件に及び、犯人は逮捕されて裁判にかけられ、その法廷で安倍氏の事務所と暴力団の関係が世間の知るところとなってしまいました。その詳細を、フリーライターの山口祐二郎氏が「週刊金曜日」2月5日号に、次のようにリポートしています;
近年、警察の暴力団に対する弾圧は異常なレベルに達している。昨年から分裂騒動に見舞われる山口組は言わずもがなだが、とりわけ、特定危険指定暴力団にまで指定されている福岡県北九州市小倉北区に総本部を置く暴力団「工藤会」に対する警察の弾圧は、私には過剰としか思えない。
2015年6月、警察庁の金高雅仁(かねだかまさひと)長官は東京都内で開かれた記者会見で、工藤会対策についてこう言い放った。
「組織のトップを死刑や無期懲役にもっていき、二度と組に戻れない状態をつくり、恐怖による内部支配を崩していこうという戦略だ。徹底した捜査を遂げるということで臨んでいる」
勇ましい発言だが、この工藤会、実は安倍晋三首相とのただならぬ関係が指摘された組織である。
◆安倍後援会事務所と安倍宅に火炎瓶
2000年、山口県下関市にある安倍晋三の実家と後援会事務所に、工藤会組員が火炎瓶を投げ込むという衝撃的な事件が起きた。被告となった工藤会関係者らはのちの裁判で、火炎瓶を投げ込むに至った経緯をこと細かく暴露している。判決文を読めば安倍首相および安倍事務所の所業は”クロ”であることがわかるだろう。
判決文の「犯罪事実」には淡々とこう記されている。
<被告人Aは、指定暴力団D組長、同Bは、同Aと親交を結ぶ者、同Cは、上記D組副組長であるが、被告人3名は、E及びFと共謀の上、同Bが恨みを抱いていた衆議院議員Gの後援会事務所あるいはG方に火炎ぴんを投げ入れてこれらに放火しようと企て、平成12年6月14日午前3時13分ころ、山口県下関市a町b丁目d番2号付近路上において、ガソリンを注入したビールぴん2本の口部に布片を装着して点火装置とした火炎ぴん2本にそれぞれ点火した上……(後略)>▼概略被告人A=D組長 被告人B=小山佐市 被告人C=D副組長D=工藤会 E&F=D組員犯罪事実=A+B+CはE&Fと共謀してG方へ火炎瓶G=安倍晋三W=安倍晋三事務所(当時秘書):佐伯伸之
判決文のいう「衆議院議員G」が安倍晋三のことである。「被告人A」が工藤会組長、「被告人B」が小山佐市(当時、会社社長・ブローカーで裏社会と太いパイプがある人物)、「W」が佐伯伸之(当時、安倍晋三の秘書、のちに下関市議)、「E及びF」は当時の工藤会組員である。
判決文は事件に至るまでの経緯をこう記す。
<被告人BがG議員に対し、怨恨を持つに至った経緯(中略)自己の経営するSの資金繰りが苦しかった被告人Bは、G議員の地元秘書でかねてから交際していたWに対し、平成11年に行われた下関市長選挙で自派と対立するX候補を当選させないように活動して貢献したと主張して金員の支払いを要求し、300万円の提供を受けた>
さらにこの判決文には、G議員側から頼まれて下関市長選でX候補を当遺させないよう活動したのに、G議員(安倍晋三)の秘書にハメられて、警察に逮捕されたと「被告人B」小山佐市が話していたことが出てくる。
やや複雑だが、事件の概略はこういうことだ。
工藤会関係者・小山佐市と、安倍晋三の秘書・佐伯伸之は昵懇(じっこん)の仲であった。1999年の下関市長選で、安倍事務所は安倍と近い現職の江島潔市長(現参議院議員)を再選させるべく、対立候補の古賀敬章氏を誹藷中傷する”業務”を工藤会に依頼した。依頼したのは佐伯であり、依頼を受けたのは小山である。約束した報酬額は500万円だった。工藤会はこの”業務”を貫徹し、江島氏は再選を果たす。しかし安倍事務所から支払われたのは300万円だけで、残り200万円は支払われなかったため、安倍事務所に火炎瓶が投げ込まれた!。
事務所や自宅に火炎瓶を投げ込むなど、もちろん犯罪行為だ。しかし工藤会側からすれば、頼まれた”業務”を完遂したのにもかかわらず、安倍事務所側は約束を反故にした。約束していた報酬額が支払われなかったとすれば、怒るのも当然といえる。
本誌は安倍晋三事務所に質問書を送り、判決文の内容に間違いはないか、事実だとすれば、暴力団に”業務”を依頼したことを現在どう考えているのか見解を問うた。しかし安倍事務所から誠意ある回答はなかった。事務所員は「担当者に質問内容は伝わっている」と説明したが、期限をすぎても返事はなかった。工藤会との間に後ろめたいものが何もなければ、そう説明すれば済む話ではないか。
◆都合悪くなれば切るのか
1月28日には安倍内閣の重要閣僚である甘利明経済再生相が金銭スキャンダルで辞任した。このスキャンダルでも告発者が元右翼団体に所属していたなどと政府を擁護したいメディアが書き立てているが、そうであるなら、安倍晋三事務所が暴力団を利用していた事実はどう評価されようか。ここでも安倍は甘利のように「秘書がやった」で済ますつもりか。
私は暴力団の味方はしない。しかし、2010年から各地で施行されはじめた暴力団排除条例は、日本国憲法が定める基本的人権の尊重を無視している、と言わざるをえない。部屋も借りられない、銀行口座もつくれない。それでこの社会でどうやって生きていけというのか。現在の日本は、暴力団員であるというだけで人間扱いしない国になってしまった。
福岡県警のホームページには、目を疑う写真が掲載されている。安倍晋三が、福岡県の中洲暴力団追放パレードに参加し、「暴力団を利用しないぞ!!中洲を笑顔と夢がある街にするぞ!!」と訴えて歩いているのだ。この人は安倍事務所がかつて工藤会を利用した事実をどう考えているのだろうか。
この国の総理大臣がこれでは、警察庁が推し進めている暴力団排除条例の説得力はゼロである。安倍晋三は本当に「暴力団を利用しない」と主張するのなら、自身の過去を国民に説明すべきである。
暴力団を裁くのであれば、暴力団を利用してきた者や団体も同時に裁くべきだ。利用するだけ利用し、暴力団との関係が問題とされる時代に変わると関係を絶ち切り、まるで何もなかったかのように振る舞うのは卑怯きわまりない行為である。
◆安倍晋三首相は辞任せよ
昨年国会で大揉めとなった安保法制をはじめとし、特定秘密保護法、マイナンバー制度、軽減税率導入など、安倍政権は国民が求めたものではなく、米国や与党公明党の声を重視した施策を一つひとつ断行してきた。国民の批判の声を無視しながら。
安倍晋三は工藤会との関係まで無視するつもりか。堂々と言うべきである。政治家にとって一番大切なことは、在野の民に対して潔白であることだろう。いつまで民を欺くつもりか。
いまだにメディアは事件の検証をやらない。判決文が眠ったままでいるのなら、ここで表に出し、安倍晋三という総理の資質を問わねばならない。工藤会を利用した人間が一国の総理大臣であるのはおかしい。暴力団を利用してきた総理を国民は望んではいない。速やかに辞職するべきである。
(文中一部敬称略)
<やまぐち ゆうじろう・フリーライター>
2016年2月5日 「週刊金曜日」1074号 14ページ「暴力団『工藤会』を利用し、自宅に火炎瓶を投げ込まれた安倍晋三首相の過去」から引用
しかし、いくら厳しい選挙戦だからといって、暴力団を使って相手候補を誹謗中傷するというのは、いかがなものでしょうか。こういうことをする人物がわが国の首相に相応しい資質を持っていると言えるでしょうか。その上、いくら相手が暴力団だからといって、一度約束したことを履行しないというのも問題で、誰も知らないと思って「暴力団追放」のパレードの先頭にたって歩く神経は尋常ではありません。安倍首相は、この問題について正式な記者会見を開いて、どう思っているのか国民に説明する責任があると思います。「週刊文春」も芸能人のスキャンダルを追いかけるヒマに、こういう問題も徹底追求するべきではないでしょうか。
▲伊達直人さんの記事も、いくつか削除攻撃にあっているらしい。
9月16日に歌手活動を引退する安室は、存命中の翁長雄志知事から5月に県民栄誉賞を贈られた。翁長の急逝に接すると、追悼文を発表。その内容は真情あふれるものだった。
〈県民栄誉賞の授賞式でお会いした際には、お痩せになられた印象がありました。今思えばあの時も、体調が優れなかったにも関わらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました。沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております〉所属レコード会社に促されたわけではなく、安室サイドが自主的に発したものだという。(アメブロ伊達直人さんの記事より部分転載)
「ハッとさせられたのが、〈翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ〉というくだりです。安室さんが辺野古移設阻止に向けて闘った翁長知事の政治姿勢を支持しているのは明白でしょう。移設反対派にとって非常に心強いこの言葉をNHKはバッサリとカットして放送していた。それだけ、安室さんの発言には影響力があるということ。安倍政権に忖度したのでしょうが、沖縄で安室さんの追悼メッセージを知らない人間はいませんよ」(県議会関係者)
損害賠償をちらつかせながら県に翻意を迫る。恫喝(どうかつ)以外の何物でもない。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画を巡り、県が埋め立て承認を撤回した場合、1日当たり約2千万円の損害が発生するとの見積もりを政府がまとめた。撤回に関する訴訟で政府が勝てば、県への損害賠償請求を検討する構えだ。累計で数億円に達する可能性があるという。本をただせば、2010年の知事選で「日米共同声明を見直し、(普天間飛行場の)県外移設を求める」と公約した仲井真弘多前知事が13年12月に政府による埋め立て申請を承認したことに端を発する。翌14年11月の知事選で普天間飛行場の国外・県外移設を公約した翁長雄志知事が仲井真氏に10万票近い差をつけて当選する。翁長知事は、民意をバックに、埋め立て承認を取り消したが、政府は前知事の承認を根拠として新基地建設を強行したのである。例えて言えば、土地の持ち主は変わっているのに、前の地主の承諾を得ているからと、家を建てるようなものではないのか。損害賠償を請求したいのは、むしろ、沖縄の方だ。県が埋め立て承認を撤回すると、工事を進める法的根拠がなくなり、工事がストップする。政府は対抗措置として撤回の効力を凍結する執行停止を裁判所に申し立てる方針だ。これが認められれば、数週間で工事は再開するとみられる。1日で約2千万円と見積もられたのは、この間の人件費、資財調達費など遅延に伴う損害額のことだ。政府にとって、裁判所が申し立てを認めるのは織り込み済みであるかのように映る。日本は三権分立であり、司法権を持つのは裁判所だけだ。国の主張が100パーセント通ると考えているのなら、司法軽視のそしりは免れない。新基地建設で辺野古の海に土砂が投入されると、大浦湾の生物多様性は壊滅的な打撃を受ける。埋め立てによって失われる自然環境は元に戻せない。工事の遅延よりも、環境破壊による損害の方がはるかに甚大だ。そもそも、国土の0・6%にすぎない沖縄に在日米軍専用施設面積の70%が集中していることに根本的な問題がある。過重な負担を強いられた県民は、日常的に軍用機の騒音にさらされ、米軍絡みの事件・事故に脅かされている。沖縄以外の99・4%の国土に、わずか480ヘクタールの普天間飛行場さえ移す場所がないと言うのは、政府の無能、無策ぶりの表れだ。現在背負っている米軍基地の重さから見れば、県内移設を伴わない普天間飛行場の返還はささやかな要求でしかない。政府は、承認撤回阻止で県に圧力をかけるようなエネルギーがあるのなら、基地負担の平準化に注力してもらいたい。この間の強硬な姿勢が本当に正しいやり方なのか、良心に問うてみることだ。
転載元: ぐう、ちゃんの一言!!
転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン
転載元: 情報収集中&放電中
転載元: 情報収集中&放電中
転載元: 北海道は素敵です!!
転載元: 情報収集中&放電中
自公政府よ、大阪維新よ、お前たちに愛国を語る資格はない!
大阪天王寺区に国内最大の旧日本軍の墓地があります。1871年から太平洋戦争までの13300人の戦死者が眠って
います。墓地は今も国が所有しています。
しかし、入り口には目立つような標識もなく、知らないまま通り
過ぎる人も多いので、手書きの立て看板で「万灯会」を行って
います。この墓地を、国や大阪市は放ったらかしに近い状態で荒れるに任せ
ています。現在、NPO法人「旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」の
吉岡武さん達が墓守(保存)をしています。当然高齢者で限度がありますから管理が行き届かない場合もあり、
結果、不心得者によって墓石が倒されたりするのです。
不届き者が故意に? 大阪・真田山の旧陸軍墓地で墓石8基倒される終戦記念日には、とかく靖国参拝や特攻隊などが取り上げられ、
憲法論議、自衛隊論議に花が咲き、巷では派手なパフォーマンス
のみ目立ちます。自公政府よ、大阪維新の会よ、そしてネット右翼たちよ、
お前たちに多少の愛国心があるのなら、いつまで高齢者のボランティア任せにするつもりか?
東條英機と関東軍と満州統治とアヘン売買の密接な関係『大東亜共栄圏確立の鍵は阿片政策』(資料)日本当局は、中国における麻薬政策に対する国際的な批判がこれ以上高まるのを防ぐため、阿片売買を『宏済善堂』と呼ばれる慈善団体の名前で偽装する予定です。この組織はアヘン商人で構成されており、副会長に日本人が選ばれる予定です。(アメリカ財務省)▼阿片密売に関与した里見 甫に対する国際裁判局の尋問記録アヘンの収益は、最初は陸軍の特務部に南京国民政府が出来てからは南京政府に金を流した。
転載元: 情報収集中&放電中
2018.08.15TBS公式HPより戦後73年が経ち、今年も8月15日を迎えた。
今夏も各メディアで戦争を振り返る企画が組まれているが、8月11日に放送された『報道特集』(TBS)の「戦争と記録 大量焼却のワケ」はまさに、現在につながる問題を鋭くえぐった特集だった。
2011年9月3日 BS11 未来ビジョン
『安倍晋三元総理が訴える憲法9条改正論』(以下、安倍の『幼稚な認識』発言を抜粋)“平和を愛する諸国民”って誰ですか?ということなんですね。
この66年間ですね。それではその国々って国連の安全保障理事国ですか・・?
アメリカだってずっと戦争してますよね。イギリスだってそうですよ。フランスだってそうでしょ。ロシアだってそうですよね。中国だってまさにそうじゃないですか!どこもいないんですよ。ですからこれはインチキなんですよ!
こう書いてあるんですよ。
“平和を愛する諸国民”うんぬんの後にね「・・われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」
「“専制と隷従、圧迫と偏狭”というのはね、無くさなければいけない」と考えている主語はね“日本人”じゃないんですよ。こう考えているのは“平和を愛する諸国民”この人たちがこう考えているから、“この人たちに誉めてもらおうじゃないか”と書いてあるですね。まことにいじましいでしょう!こんなにいじましい文章をよく66年間も大切に拝んできましたよね。もういいでしょう。これは…
『防人の唄』(映画『二百三高地』主題歌)作詞・作曲・唄:さだ まさし(以下、歌詞リンク)
転載元: 日々物語
翁長知事の告別式。
本当にたくさんの人々が訪れていた。これだけ県民から、市民から、有権者から、その死を惜しまれ、慕われた政治家は、国政レベルには一人もいない、と断言できる。
転載元: 北海道は素敵です!!
転載元: あさりのブログ
今度生まれ変わるときはな俺はおまえのような人間に生まれたいと思っているよ
七百年生きて来た菊一文字ですからねいろんなこと話してくれますよ
RBC THE NEWS「【翁長知事死去】知事が目指したもの」2018/08/09
(2015年4月 安倍・菅と面談の際に発した翁長知事の言葉)沖縄は自ら基地を提供したことは1度もございません。土地を奪っておきながら『老朽化したから』『世界一危険だから』『沖縄が負担しろ』『嫌なら代替案を出せ』と言われる。こんな理不尽なことはない。
2018/08/11 に公開沖縄県民大会:辺野古移設断念求め7万人翁長知事を追悼 毎日新聞米軍普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設計画を巡り、政府が17日にも予定する埋め立て予定海域への土砂投入に反対する沖縄県民大会が11日、那覇市の奥武山陸上競技場であった。主催者発表で約7万人が参加。8日に膵がんで亡くなった翁長雄志知事を追悼するとともに、「県民の民意を踏みにじり、環境破壊につながる違法工事だ」として政府に移設断念などを求める決議を採択した。【動画撮影・松崎進、写真・野田武、望月亮一】2018年8月11日公開
翁長知事の遺志継ぐ「新基地を造らせない」沖縄で県民大会2018/08/11 に公開沖縄県名護市辺野古の新基地建設に反対するオール沖縄会議は8月11日午前、「土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める県民大会」を那覇市の奥武山陸上競技場で開いた。雨が降る中、市民らは辺野古の海の色を象徴する青色の帽子やタオルなどのほか、8日に膵臓すいぞうがんで亡くなった翁長雄志知事への追悼の意を込め、黒い服を身に付け参加。翁長氏の死を悼み、日米両政府へ新基地建設計画の白紙撤回を求めた。
http://www.okinawatimes.co.jp/article...
転載元: 情報収集中&放電中
転載元: 梢のぶつぶつ
水深7~8メートルの海底に立ち、長さ約5メートルの竹やりを持って敵の上陸用舟艇を突く。竹やりの先には爆弾。海の底に立つ若者たちは、ゴム製スーツに潜水用のヘルメット姿だった――。実に非人間的な“人間機雷”の訓練が第2次世界大戦末期、神奈川県の三浦半島周辺で行われていた。上陸しようとする米軍を、命と引き換えに一撃する作戦だった。この訓練に参加していた鈴木道郎さん(88)は「死なんように、死なんように、実戦に行くまで死なんように」と考えていたという。海底に伏した龍を思わせることから「伏龍」と呼ばれた特攻作戦。関係者の証言をたどった。(Yahoo!ニュース 特集編集部)15歳で海底の特攻隊員に鈴木さんはいま、岐阜県多治見市に住んでいる。自宅を訪ねると、応接間に古いモノクロの集合写真があった。中央の人物に赤い線が引かれ、「私」と記されている。特攻隊「伏龍」のメンバーに選ばれる直前、1945年春の撮影らしい。当時14歳だった鈴木さんは旧日本海軍の飛行予科練習生で、愛知県岡崎市の航空隊に所属していた。日本は敗戦直前。鈴木さんが配属された部隊には飛行機が1機もなく、少年たちは連日、塹壕(ざんごう)掘りなどを続けていたという。鈴木さんの記憶によると、5月のある日、少年たちは練兵場に集められ、分隊長が「特攻を志願する兵を募集する。希望者だけ、あくまでも希望者だけ一歩前に出ろ」と告げた。「そしたら全員が一歩前に出た。1人も残っとる者はおらへん。みんなの頭には、特攻はすごいぞ、とあった。私なんか特にそう。(岡崎には飛行機がなかったが)すごいな、飛行機に乗れなくても、別の特攻があるんや、と思いましたね」全員が特攻隊に選ばれたわけではない。視力、聴力、握力、直感判断力、腰の力、循環器の能力、知能……。そうした検査を経て、240人から7人くらいが選ばれた。鈴木さんもその1人で、岡崎にいるとき、「伏龍」のことを知らされたという。海の底から長さ5メートルの竹やりで突く防衛省防衛研究所の所蔵資料によると、鈴木さんが特攻隊員に選ばれる2カ月ほど前の1945年3月、水中特攻の計画は始まっている。5月には、それがさらに具体化し、「伏龍」として姿を現した。「伏龍」の特徴は、海中で自由に動き回ることができる潜水具にある。当時は海上から空気を送る送気式の潜水具しかなく、海に潜る者は船とチューブでつながれていた。これに対し、横須賀海軍工作学校の研究員はこれまでの潜水用スーツを改良し、戦闘機の酸素ボンベや二酸化炭素吸収用の清浄缶を組み合わせた。どういう構造だったのか。当時の資料などによると、潜水者は腰付近の弁を自分で調整し、一定量の酸素を背中のボンベからスーツ内全体に供給する。吐き出された息はチューブで背中の清浄缶へ。その缶内でカセイソーダが二酸化炭素を取り除き、清浄な空気として再びスーツに戻される。こうした仕組みによって、長時間の潜水が可能になるという触れ込みだった。「伏龍」計画の拠点は神奈川県横須賀市にあった。現在は、防衛装備庁の艦艇装備研究所などが置かれている。鈴木さんら各地から選抜された特攻隊員はここで訓練を受けた。重いスーツを身に着け、砂浜を歩いて海の底を目指したり、船で沖合から海底に潜ったり。海の底での歩行訓練もあった。当時の資料によると、最終的には約6500人が集められ、訓練後、敵の上陸に備えて各地へ散らばる予定だったという。「伏龍」の開発者は、海軍上層部へ提出した「簡易潜水器ノ実験研究」(1945年6月)で、浮上・潜水は容易であり、水中の行動も簡単だ、と誇っている。実際は違ったようだ。元「伏龍」特攻隊員で、戦後は出版社に勤務した故・門奈鷹一郎氏の著書『海軍伏龍特攻隊』によると、カセイソーダの誤飲や海底に体を打ち付けるなどして、毎日1~2人が死亡していたという。書籍の中で、元隊員は「100人から130人が命を落とした」と推測している。その訓練はどのようなものだったか。爆弾付きの竹やりで敵舟艇の底を突く作戦とは何だったのか。鈴木さんの証言を交え、「伏龍」特攻隊の姿を動画で振り返った。ほとんど事故死 「相方は顔中血だらけで」三浦半島にあった海軍対潜学校に鈴木さんが入ったのは、1945年6月だった。「伏龍」の訓練では、80キロの重装備を身に着け、海に潜る。最も重視されたのは呼吸法だ。「鼻から吸って口から吐く。これを100パーセント守る。(間違えて)鼻から息を吐いたら(スーツ内の)炭酸ガスが増えるから、中毒になって動けなくなる。(弁を開けば)新しい空気がシューッと出るのに、それができなくなってしまう。(1回の潜水で)5回間違えたらあの世です」最初のころ、空気量の調整を間違った。あわてて呼吸法を忘れ、意識を失ったことがある。命綱を握っていた相方がそれに気付き、助かったという。その相方は、別の事故で死亡した。「(相方の少年は訓練中)命綱が無反応なので急いで引き上げて、マスクを取って……。そしたら顔中が血だらけで、目玉が(飛び出して)あごの方についている。それでもまだ息がある。手を上げてね、わしの名前を何度も呼んでました。けど、手を握ろうとしたらパッと落ちて(息が絶えた)。そしたら、班長が『鈴木、貴様の責任じゃない。これは事故や』って」鈴木さんによると、ほかの少年たちは、背負った清浄缶に関わる事故によく遭遇した。清浄缶はブリキ製で、指で押すとベコベコするほどの強度しかない。缶の内部には、劇薬のカセイソーダが詰まっているのに、呼吸法を間違えたり、海底の障害物で缶に穴が開いたりすると、この劇薬は逆流して口に入る。「(そうなるとカセイソーダは)のどを通っていきますから、もだえ苦しむ。海上に引っ張り上げたときはもう遅い。みんな真っ青になってね、死んだの」岡崎航空隊から来た7人ほどの仲間は、鈴木さん以外、全員が訓練で命を落とした。防衛大の元教官「現場を知らぬ上層部の考え」神奈川県鎌倉市には、「伏龍」の実戦配備計画があった。その稲村ガ崎地区には、出撃基地の跡が残っている。海上から見ると、崖下に横穴の入り口と出口が見える。特攻隊員はここに潜んで、海に潜る機会をうかがう手はずだったらしい。米軍が上陸前に行う艦砲射撃をこの空間で耐え、やむと同時に海中に入る。視界の利かない海中を、爆弾の付いた約5メートルの竹やりを携えて進む。腕に付けたコンパスと歩数が、配置場所の頼りだったという。「伏龍」計画は一度も実行されないまま、日本は敗戦を迎えた。では、仮に実行していたら、どうだったか。「伏龍」の研究を続けている元防衛大学校准教授の色川喜美夫さん(67)と鎌倉市の跡地などを歩きながら、見解を尋ねた。「今から考えると、その現実性、実効性はほとんど期待できなかったと思うんです。棒機雷(竹やりの先の爆弾)にどの程度威力があるのか、どの程度の被害が敵に出るのか。(作戦では、海底に50メートル間隔で特攻隊員が待ち伏せする計画だったが)隊員にどんな被害があるのか。そういうことを、ほとんど検証することなく始まってしまった。待ち伏せポイントに敵の船が来なければ、海底で酸素がなくなるまで待機せざるを得ない。成果が期待できない特攻作戦だったと思います」「ただ、ただ、机上の作戦構想の中で、配置して、そこに敵が来て、それを下から攻撃すると。それで敵が損傷を受ける、あるいは沈没すると。そういう短絡的な成果を期待していた気がします。現場を認識していない、上層部の考え方です。海軍は最後、若い人たちに依存して、実効性をある程度無視した行動として、軍令部が考えたのではないか」色川さんによると、「伏龍」の訓練が始まって間もない1945年6月、海軍出身の鈴木貫太郎首相が視察に訪れた。当時は「聖戦完遂」を主張する軍部と終戦を模索する鈴木首相との間で、ギリギリのやりとりが行われていた時期。首相一行は訓練が一望できる丘に陣取った。この訪問は公式記録に残っていないが、鈴木さんも「偉い人が来た」ことを覚えている。「(砂浜を歩いて)海に入るとき、みんなうまく入ってね。俺もうまく入ろうと思ったら、5分経たんうちに、(丘の上の)真ん中に座っている背広の人が立ったり座ったり、モゾモゾしだして。すっと、その男の人は立って、向こうへタッタッタッと。(随行の)佐官連中も後を追うように行くの。みんなが死に物狂いで潜って訓練しているときに(不思議だなと思った)」短時間で去ったのは、作戦として使えないと思ったからではないか。こんな作戦しかないなら、いよいよ日本は敗北を受け入れるしかない、と首相は思ったのではないか――。鈴木さんはいま、そう感じている。「死なんように、死なんように……」敗戦間際の日本は、稚拙で無謀としか思えない特攻作戦を次々と打ち立てた。沖縄周辺海域で実行された航空機による特攻作戦だけではない。艦艇史研究家の田村俊夫さん(78)=長崎県佐世保市=によると、改造した魚雷内部に人が入って操縦する人間魚雷「回天」、艇首に爆薬を詰めた潜水特攻艇「海龍」、木造の水上特攻艇「震洋」などがあった。海岸線などで敵を攻撃するための人間地雷や人間爆弾も計画されていた。鈴木さんは、敗戦直前の訓練の日々をこう振り返った。「とにかく、あしたの訓練、きょうの訓練を生き抜いていかんことには、国のために死ぬこともできない、と。その日、その日の命を守ることで精いっぱい。死なんように、死なんように、実戦に行くまで絶対死なんように。そう考えておりました」
広島 『平和への誓い』 2018年8月6日広島で被爆し、この1年間に死亡が確認された原爆死没者は5,393人であわせて31万4118人となりました。
「平和への誓い」は、こども代表広島市立牛田小学校6年、新開美織さんと、広島市立五日市東小学校6年、米廣優陽さんの2人で行いました。
長崎平和祈念式典・「平和宣言」2018年8月9日この1年で新たに亡くなった長崎の被爆者は3,511人で、原爆死没者は合わせて17万9226人となりました。
長崎平和宣言を田上 富久長崎市長が行いました。平成30年 長崎平和宣言長 崎 平 和 宣 言73年前の今日、8月9日午前11時2分。真夏の空にさく裂した一発の原子爆弾により、長崎の街は無残な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるものすべてが焼き尽くされ、廃墟と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮き沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と体に深い傷を負い、今も放射線の後遺障害に苦しみ続けています。原爆は、人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです。1946年、創設されたばかりの国際連合は、核兵器など大量破壊兵器の廃絶を国連総会決議第1号としました。同じ年に公布された日本国憲法は、平和主義を揺るぎない柱の一つに据えました。広島・長崎が体験した原爆の惨禍とそれをもたらした戦争を、二度と繰り返さないという強い決意を示し、その実現を未来に託したのです。昨年、この決意を実現しようと訴え続けた国々と被爆者をはじめとする多くの人々の努力が実り、国連で核兵器禁止条約が採択されました。そして、条約の採択に大きな貢献をした核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞しました。この二つの出来事は、地球上の多くの人々が、核兵器のない世界の実現を求め続けている証です。しかし、第二次世界大戦終結から73年がたった今も、世界には14,450発の核弾頭が存在しています。しかも、核兵器は必要だと平然と主張し、核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに、被爆地は強い懸念を持っています。核兵器を持つ国々と核の傘に依存している国々のリーダーに訴えます。国連総会決議第1号で核兵器の廃絶を目標とした決意を忘れないでください。そして50年前に核不拡散条約(NPT)で交わした「核軍縮に誠実に取り組む」という世界との約束を果たしてください。人類がもう一度被爆者を生む過ちを犯してしまう前に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換することを強く求めます。そして世界の皆さん、核兵器禁止条約が一日も早く発効するよう、自分の国の政府と国会に条約の署名と批准を求めてください。日本政府は、核兵器禁止条約に署名しない立場をとっています。それに対して今、300を超える地方議会が条約の署名と批准を求める声を上げています。日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます。今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります。南北首脳による「板門店宣言」や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向けた努力を求めます。長崎の核兵器廃絶運動を長年牽引してきた二人の被爆者が、昨年、相次いで亡くなりました。その一人の土山秀夫さんは、核兵器に頼ろうとする国々のリーダーに対し、こう述べています。「あなた方が核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである」。もう一人の被爆者、谷口稜曄さんはこう述べました。「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはなりません」。二人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました。二人がいなくなった今、改めて「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いを次世代に引き継がなければならないと思います。平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりに出来ることはたくさんあります。被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は、高校生たちの発案で始まりました。若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っています。折り鶴を折って被爆地に送り続けている人もいます。文化や風習の異なる国の人たちと交流することで、相互理解を深めることも平和につながります。自分の好きな音楽やスポーツを通して平和への思いを表現することもできます。市民社会こそ平和を生む基盤です。「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を、市民社会の力で世界中に広げていきましょう。東日本大震災の原発事故から7年が経過した今も、放射線の影響は福島の皆さんを苦しめ続けています。長崎は、復興に向け努力されている福島の皆さんを引き続き応援していきます。被爆者の平均年齢は82歳を超えました。日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、今も被爆者と認定されていない「被爆体験者」の一日も早い救済を求めます。原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界と恒久平和の実現のため、世界の皆さんとともに力を尽くし続けることをここに宣言します。2018年(平成30年)8月9日長崎市長 田上 富久
2018/08/08 に公開もと自衛官のメッセージ(画像)を、デジタルボイスで読み上げました。
【本文】元自衛官の森村真人です。去年、19年間勤務した自衛隊を退職しました。5年前の東日本大震災災害派遣では、まだ遺体の転がる中の救助・捜索活動から、原子力災害派遣、原発10km圏内での除染活動などにも従事してきました。災害派遣が終了した後も、休日を利用しボランティアとして被災地に戻り、復興に協力しようと活動してきました。厳しい災害の現場で、国民のみなさんの為に活動できた自衛隊という組織を誇りに思い、素晴らしい仲間たちがいて、去年まで勤務していました。しかし、この国の向かう方向に疑問をもち、退職を決意し、日本の未来の為になにか行動しようと思いました。自衛隊退職後も守秘義務があるのでそれを守った上での経験なども踏まえ話をします。私は、2012年にPKO(国連平和維持活動)に志願し東京での訓練に参加ました。派遣先では、内戦が激化し、不安の声も多く聞こえる中、中東の国の事などほとんど分からず、自分の任務だけをしっかりやればいいとだけ思い、志し高い仲間たちと訓練に励みました。東京での休日に、偶然入った[アラブアート展]そこに書かれていた『近年の日本では、欧米のメディアにより、アラブの世界は宗教対立、テロリズム、紛争などのイメージが多いように思います。しかし、私たちは、日本のみなさんと同じように平和を愛し、自然を愛し、家族を愛しています。私たちはあなたたちと変わらないのです』というメッセージを見て夢中になって展示作品を見ました。日本人の知っているメディアに作られたアラブの国の悪のイメージ。メディアでは、悪く報道されない、他国に空爆を行い一般市民を大量に殺し、国をめちゃくちゃにしているアメリカ。何が正義なのか?たまたま入ったアート展が戦争とは何なのかを考えるきっかけになりました。今思うと、自衛官である自分が何かの力でそのアート展に呼ばれた気がします。テロとの戦いと言われたイラク戦争での話です。アメリカ兵はテロリストか一般市民かは自分で判断しろ。テロリストが潜伏しているとされる街の掃討作戦では、動くものを全て撃てと言われ。動くものを反射的に撃ったのは、妊婦の女性だったり、子どもの頭をふき飛ばしたり。地上戦でもイラク市民の多くが犠牲になりました。自白を強要する為の拷問もありました。正義を掲げてやってきた志し高い兵士たちが行ったっことです。しかしこのような任務を恐怖で遂行できない者は臆病罪(最高刑は死刑)に問われたそうです。他国の人間が武器や爆弾を持って入り込み、自分の大事な人や自分の子どもが殺される。そんな事をされたら復讐しようと武器を取る人、爆弾を使う人もいるかも知れません。しかし、それをしてしまうと国際的にはテロと報道するだけです。こうやって何が正義か分からない負の連鎖で泥沼になっていきます。アメリカ兵は帰国後、家族と会い、自分の子どもを抱きしめ、戦地で自分の家族と同じような女性や、子どもを殺したことに苦しみ自殺する人もいます。任務が終わってもPTSDで苦しみ続けます。自衛隊のイラク派遣でも、帰国後29名の自殺者が出たと言われています。何が正義かも分からない他国に入り込む戦争で、殺されるかもしれない恐怖、人を殺す苦しみ。戦争で負う心の傷の深さはケアすれば済む話ではないのです。自衛官の中にも、欧米用の日本の報道を見て、テロ組織と戦って平和を作ると一方的な高い志しと、正義を掲げて一生懸命訓練をしている人もいます。しかしそれは、建国から9割以上の期間を、毎回嘘の理由をつけ、戦争をしかけ、市民を殺し、国を破壊し、資源を奪うという戦争を続けてきたアメリカという国に加担するだけになるのです。中東のニュースでは、自衛隊の訓練の映像が流れています。中東の国々から見たら安保法案が通ってアメリカと一緒に中東の国を壊しにくる悪魔の映像です。いま、自衛隊がアメリカに手を引かれ、そんな泥沼に脚を踏み入れようとしています。入ったら抜ける事は困難でしょう。国民の血税も大量に使われます。またそれによって、アメリカに、多国籍軍として協力した国のように、日本もテロの脅威にさらされてしまいます。平和への貢献とはなんなのか?戦後70年、平和憲法の元、誰も殺していない自衛隊こそが、世界の平和への貢献の姿だと思います。政府の違憲安保法案から自衛隊員の命を、国民みんなが守らなければいけません。ある戦争経験者のおじいさんが孫に話した話です。『戦争はある日、急には始まらない。情報の規制や、武器の緩和の約束や法律がいろいろと作られてきたら気をつけなさい。また国の代表が日本を称賛し始めたら注意しなさい。法などが国民を制圧するような形で可決し出したら何も言わずに国外へ逃げなさい。』この話は2013年に知った話です。現在、特定秘密保護法で情報の規制がされ、2014年には、防衛装備移転3原則で武器の輸出が緩和されました。さらに、2014年の建国記念の日には歴代政権として初の、日本を称賛するメッセージを安倍首相が出しています。安保法案も強行採決で、国民を制圧するような形で可決されたことは、記憶に新しいと思います。このおじいさんの言っていることがそのまま起きています。戦争は起こるのではなく、戦争はつくられるということです。いろいろ調べると、これまでも世界中で、一握りの金持ちが儲ける為に、悲惨な戦争は起こされてきました。そして、戦争は国の軍隊同士の戦いではありません。一般市民を殺し、特に、女性や子どもたちが犠牲になるのが戦争です。権力者は、戦争を作る為に巨額の金という力をもって政治を操り、増税で搾取し、社会保障を削り、国民を疲れさせ、法令で国民の人権や自由を奪います。経済を操り、格差を生み、不景気を作り出し、若者の雇用を奪います。報道を操り、周辺国の脅威を煽り、テロや殺人事件などで社会不安を煽り、大事な問題を無視し、目を背けさせます。そして、軍需産業の予算を上げ、武器と金が動き、何年もかけて国の為と言いながら国民を戦争へと誘導していきます。戦前も、同じような状況と治安維持法などの、戦争に反対する人を取り締まるような法律で国民を縛り戦争に向かわせました。2012年から公表されている自民党憲法改正草案の内容も、国民を縛り、人権や自由を規制する戦前のような憲法改悪草案になっています。歴史を紐解き、この様な戦争を作りだすしくみを知ると、現在、日本で起きていることは、その過程にあるのではないかと感じます。2013年わざわざ図書館から撤去したはだしのゲン。その戦後の背景で先生が語った言葉を紹介します。『戦争を憎む気持ちを燃やし続け平和を守り続けてくれ、それには政治をしっかり見つめてほしいのだ。政治から目を離し、背を向けると、知らぬ間に戦争の準備がされ、気がついた時にはおそいのだ。一人一人がしっかり政治を見張り、おかしな動きを政府がはじめたら、みんなで反対して変えてほしいのだ。平和を守ることは、一人一人大変な努力を続けないといけないのだ。』現在おかれている状況は、国民みんなに大きく関係することです。平和は一人では作れません。国民みんなで作らなければなりません。こんな大問題を、芸能問題にすり替えられ、毎日忙しいと無関心でいるわけにはいかないです。私も分からない事がたくさんあります。だからこそ、本を読んだり、多様性のある情報から、いろいろな見解を調べたりしましたが、不安を払拭することはできませんでした。しかし、私たちには、やれる事があります。それは簡単な事で、大企業で買い物する事を止め、ただ、地域のお店を使う事です。国民が意識なく大企業に流すお金が戦争を生むことにも繋がっているからです。戦争反対!と言いながらメガバンクにお金を入れたり世界中に看板のあるコーヒーショップやハンバーガーショップで飲み食いしたり武器を作っている会社の家電製品を買ったりベトナム戦争の枯れ葉剤を作った会社の除草剤を撒いたりそれはむしろ、軍需産業や戦争支援企業、大企業の巨額の政治献金にまで貢献し、権力を肥大化させることになるのです。選挙の1票は大事ですが、紙に鉛筆で名前を書いただけでは自分自身はまだ、何も行動してはいないのです。しかし、国民の毎日、毎回の、買い物で使うお金という1票は、直接社会を作り、地域を作り、世界を作ります。国がやってくれない。市が動かない。なんて言ってる前に、今からでも、みんなができる毎日の行動・国づくりが大事です。最後に、憲法9条は、戦争を作り出す軍需産業や権力に向けて、二度と戦争は作らせない!という意味であり国民を守る為の最強の盾として作られたものだと改めて感じ、憲法9条を守っていかなければならないと思いました。私は、憲法9条を支持します。平成28年3月19日 森村 真人【以上】
転載元: kakaaのブログ~土と野草と野菜の生命力を信じて~
気象改変(軍事)技術について