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手塚治虫が描いた戦争をいま読み直す「飲まず食わずで、こんがり焼けた赤ん坊の手を…」そして30年前に警告していたこと

手塚治虫が描いた戦争をいま読み直す「飲まず食わずで、こんがり焼けた赤ん坊の手を…」そして30年前に警告していたこと                 

▼リテラより転載

大阪空襲で九死に一生を得た手塚治虫

 この空襲で彼は勤めていた淀川の工場を焼け出され、家まで徒歩で帰ることになるのだが、その途中では橋が空襲でやられていたり、道のりには死体の山が積まれていたりで、帰宅までの道のりは過酷を極めていた。

 真夏の暑い盛りに飲まず食わずで何十キロも歩き披露困憊のなか、彼の頭に浮かんできたのは、道の途中で出会った死体の山のことであった。

〈彼はなぜ悪いこともしてない自分たちがこうもみじめなめにあわな
 ければならないのか考えた。
 そしてこんなめにあわせただれか知らない責任者にたまらない怒り
 がこみあげてきた。ふと彼はあの橋の下でつかんだこんがり焼けて
 においをたてている赤ん坊の手を思い出した。
 そしてなんのためらいもなく思った。
 あれを捨てずに持ってればいま頃食えたのになあ……
 そのとき彼の心には良心だのモラルだのなんてはいりこむ余地がな
 かった。ひたすらただ食いたい欲望だけであった〉

 大阪大空襲に関する記憶は他の作品にも登場する。
『紙の砦』(1974年、少年画報社「少年キング」に掲載)では、1945年3月の空襲のとき、ヤグラにのぼり敵機の見張りをしており、自分のすぐ脇を何個も爆弾がかすめて九死に一生を得たエピソードが描かれているが、これは手塚本人が実際に体験したものである。

 自伝エッセイ『ぼくのマンガ人生』(岩波書店)では、そのときのことがこのように綴られている。

〈その日は「ああ、B29が来たな」と思ったとたんに、「キューン」という音がしました。ぼくは、「おれはもうおしまいだ!」と思って、監視の上で頭をかかえてうずくまりました。すると、ぼくのすぐ横を焼夷弾が落ちていき、ぼくがうずくまっている横の屋根に大穴が開いて、焼夷弾が突き抜けていったのです。下はたちまち火の海です。〉

 当時隣組でバケツリレーをして火を消す訓練をしていたというが、当然そんなものはまったく役に立つはずがなく、あたりは一瞬で火の海になったという。幸いにも助かった手塚だが、焼夷弾の威力はたいへんなものだった。

〈防空壕に焼夷弾が当たっていました。焼夷弾はひじょうに小さな筒ですが、何百メートルも上から落とされますから、その加速度たるやたいへんなもので、防空壕の屋根を突き抜けて下に落ちてしまいます。そこで爆発するのです。人の頭の上から足まで突き抜けてしまうぐらいのすさまじい勢いです。あたりにぼくの仲間とか、工員の人たちが死んでいます。ぼくは逆上して、火を消すことも忘れ、一目散に工場を駆け抜けて淀川の堤防へ出ました。淀川の堤防は避難所になっていて、空襲警報があるとその陰に隠れるということになっていました。それで、多くの人が淀川の堤防に避難してきていました。〉(前掲『ぼくのマンガ人生』)

過酷な飢えの果てにある人肉食への欲求まで描いていた手塚治虫

 ただ、その避難所に多くの人が逃げ込んでしまったというのが悲劇だった。その橋が爆撃の標的になってしまったからだ。
『どついたれ』で登場する、爆弾で壊された橋や死体の山は、この状況を描いているのだと思われる。

〈ところが、その堤防めがけて無差別の何トン爆弾というやつが落ちたのです。避難した人たちはひとたまりもありません。ぼくが堤防に駆けあがると、死体の山です。ウシもたくさん死んでいました。淀川の堤防で食料増産のために、牧場の代わりに、ウシを飼っていたのです。そこへ爆弾が落ちて、人間もウシもいっしょくたに死んでいる。ウシは黒こげになって煙がぶうっと出ている。ビフテキみたいな臭いがぷーんとただよっています。上流のほうにある淀川大橋にも直撃弾が当たりました。だから、大橋の下に逃げ込んだ人たちがひとたまりもなくやられてしまった。
 大阪の方向や、阪神沿線を見ると、まっ暗な雲の下が赤く光っています。それもふつうの赤ではありません。ちょっと形容のしがたい赤色なのです。赤いイルミネーションのようです。それを見ているうちに、現実の世界ではないのではないか、もしかしたら夢を見ているのではないか、あるいはぼくはもう死んでしまって、地獄なのではないかという気が一瞬したのです。そのくらい恐ろしい光景でした〉(前掲『ぼくのマンガ人生』)

 こういった壮絶な体験をした数カ月後、日本は終戦を迎えることになる。そのときに感じた思いを手塚はこのように綴っている。

〈八月十五日の夜、阪急百貨店のシャンデリアがパーッとついている。外に出てみると、一面の焼け野原なのに、どこに電灯が残っていたかと思えるほど、こうこうと街灯がつき、ネオンまでついているのです。それを見てぼくは立ち往生してしまいました。
「ああ、生きていてよかった」と、そのときはじめて思いました。
ひじょうにひもじかったり、空襲などで何回か、「ああ、もうだめだ」と思ったことがありました。しかし、八月十五日の大阪の町を見て、あと数十年は生きられるという実感がわいてきたのです。ほんとうにうれしかった。ぼくのそれまでの人生の中で最高の体験でした。
 そしてその体験をいまもありありと覚えています。それがこの四十年間、ぼくのマンガを描く支えになっています。ぼくのマンガでは、いろいろなものを描いていますが、基本的なテーマはそれなのです。
 つまり、生きていたという感慨、生命のありがたさというようなものが、意識しなくても自然に出てしまうのです。そのくらいショックだったわけです。ぼくなりにそれが人生の最大の体験で、これを一生描きつづけようと心に決めたわけではありませんが、とにかく描いているかぎりどうしても出てきてしまうのです〉(前掲『ぼくのマンガ人生』)

手塚治虫が最晩年に残していたメッセージ

 戦争を体験したからこそ、生命に手塚はひときわ思いを馳せた。
そして、それぞれの命がお互いを尊重し合い、一緒に生きていくことの尊さについて、彼は作品を通じて読者に語りかけていった。

 だが、時が経ち、戦後の絶望的な状況から復活すると、日本人は大切なことを忘れ、増長していった。前掲の『ぼくのマンガ人生』は、1986年から1988年にかけての講演記録をもとにして編まれたものだが、最晩年(手塚は1989年2月9日に死去している)の彼は、そういった変わりゆく日本人の心に憂慮していた。

〈みなさんにお願いがあります。みなさんはそういう国際社会の中で、日本の立場というのをどういうように思っているでしょうか。
ぼくたちが若いころは、国際社会の中で孤立していたのです。
戦争で負けて、国連に入るのも、それから一〇年ぐらい経ってからです。世界中でこんなに貧乏な国はないとか、こんなに幼稚な国はないとか言われていたのです。それが四〇年の間に、こんなに立派な国になってしまった。いわば成り上がりです。みなさんが生まれたときにはすでに立派だったかもしれませんが、ほんのわずかのあいだに発展した国なのです。これをよく覚えておいてもらわないと困ります。

 外国を訪れた日本人は案外威張ります。「アメリカはたいしたことない。知能水準も低い」とか、「東南アジアは貧しいし、不潔だ」と言ったりします。これは困ったことです。これから世界中の人たちと手をつなぎあっていくうえでは、みなさんは謙虚に、控えめに、人間らしくつきあっていってほしいのです。けっしていばらないこと、これだけは約束してほしいと思います〉(前掲『ぼくのマンガ人生』)

 手塚の講演から30年近くの時が経ち、日本の世界における経済的立ち位置は坂を転げ落ちるように低くなっているが、中国や朝鮮をはじめとした人々に対するレイシズムがはびこって止まない事態が象徴する通り、他国を見下し、いばりくさった態度は現在でもなにも変わっていない。むしろ、手塚が嘆いていた時代よりもひどくなっていると断じてもいいだろう。

 その態度の果てに、命の軽視があり、戦争があるのは言うまでもない。1945年に手塚が大阪で見た地獄のような光景をもう二度と再現させないためにも、いま改めて手塚のメッセージに耳を傾けることには重要な意味がある。

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Secre

No title

> あさりさん、転載ありがとうございます。

No title

> mimiさん、転載ありがとうございます。

お仕事、お疲れさまです。

自分も今日は外出していたので、
お返事が今頃になってしまいました。

No title

転載させてくださいね。

No title

転載させていただきました。
今日も出勤。またコメントは後ほど

No title

そもそも見えない、わからない「霊」に対して低級も高級もないし、生きている人間サイドがそんな差別をすることこそが亡き人間を侮蔑していることになるわけだし、「低級」などと見下された故人は、非常に気の毒でしかない。

低ければ低いほど、可哀想だとも思わない神経がわからん。

自分がもし仮に、「低級霊」などと、生きている人間から判断されたら、どんなにつらいことか・・そこに思いが至らないというのが不思議だ。

幸せ優位意識というものが、そういう見方をさせるのだろう。

No title

「今によくなりますよ」と言って、実際はどんどん悪くなってるにも拘わらず、何も手立てを講じようとしない=「安倍晋三詐欺」という真っ赤な嘘に同調しているようにさえ感じる。

「侵略戦争」を「植民地解放」と論じる・・というのも安倍らと同じ発想。

結局、安倍の悪政を見ながら何もしないで
「今によくなる」説を垂れる人達というのは
安倍達が進む方向を翼賛しているかのように見えてしまうから、なんとなく反発を感じてしまう。

しかも安倍昭恵と同じく、医療大麻推進論まで出して。

アマノウズメ塾とかいうものの最終的な先導目的は、神を翼賛する右への道だと感じたけどね。

なんだかんだという問題意識の前提にこの世の不条理を挙げ、これではいけない、覚醒せよと煽る。

結局同じ穴のムジナだ。

No title

それと、自分と自分の周囲の人間や環境が幸福なら、他人がどうでも、世間が悪かろうが、犯罪がはびころうが、そのうちどうにかなるからいちいち頓着しなくも構うことはない・・といった傍観論的お花畑幸福信者というのも、世間にはそちらのほうが寧ろ多いわけで、なんというのか他力本願で無関心とでもいうのか、立ち向かわずしてただ神にすがっているとでもいうのか・・それもなんだかな~・・という感じがするのもまた事実。

調子良すぎてねえ・・。

No title

絵を描く人のお話しにはやはり才能というのか、「絵」がちゃんと浮かんでくる。

ただ、戦争映画など昔から結構よく見てきた世代なら、ある程度、それが頭の中で再現できるけれども、今の子供たちには「焼夷弾」なんて言ったところで、どんなものかリアルに想像することが難しいかもしれない。
アニメなんかで爆破のシーンとかあったとしても、やっぱり現実的な感じとは全然違うし、
そもそも触感や腐臭なんてものが体感できない架空の世界だから、たとえばゲームなどを通して戦争オタク的な不感症や、命がけの戦闘を美化するように洗脳されてしまうのも無理からぬこと。

その上、これでもか的に残酷な殺人シーンを推理ドラマなどで垂れ流し、殺しに慣れさせる風潮があるのもまた困りもの。

実際、リアルに戦闘などしない人間に限って、
「やらなければやられる!」とか言う。

殊更危機を煽って、「備えあれば憂いなし」と威張りたがって、権威を傘に、ふんぞり返りたがるというタチの悪さを持った人間が増えた。
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